2016年09月20日

申し子を手に入れたトゥヘル

「18日間で6試合を消化せよ」

それが国内リーグとチャンピオンズリーグを掛け持つボルシア・ドルトムントに課された今月の日程であり、
その連戦の3戦目に当たるのが今節のダルムシュタット戦でした。

連戦の初戦となった前節のライプツィヒ戦を落としはしましたが、
続くミッドウィークのCLレギア・ワルシャワ戦そして今節のダルムシュタット戦と
共に6−0で圧勝したドルトムントは初戦の躓きを感じさせず勢いさえつけているように感じます。

ライプツィヒ戦の敗戦から一転してドルトムントが上昇カーブを描けた理由は
ラファエル・ゲレイロの高いパフォーマンスにある事はもはや誰の目にも明らかだと思います。

メッシやロナウドのようにひとりで試合を決められる選手ではないにもかかわらず
チームに多大な影響をもたらしているのはなぜなのかを考えていきたいと思います。

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変化するサイドバックの役割

EURO2016ではポルトガル代表のメンバーとして優勝に貢献し
大会の優秀選手にも選ばれたゲレイロがプレーしていたポジションは左サイドバックです。

サイドバックは従来タッチライン際で走力と持久力を活かして上下動を繰り返す事により
守備面の安定と攻撃面に厚みを与える事を主な役割としていましたが、
プレーする位置はあくまで端っこでその役割は限定的でした。

ところが、組織守備がブラッシュアップされてくると少ない人数だけではゴールを奪う事が難しくなり、
サイドバックは更に踏み込む形で攻撃への参加を求められるようになります。

本来後ろにいたはずのサイドバックの攻撃参加は
マークを難しいものとする事から大きな対価を得るに至りますが、
サイドバックが攻撃参加すれば背後ががら空きになるのは自明の理でもあります。

嵩にかかった攻撃が不発に終わりボールを失えば
たちまち背後に空けたスペースを衝かれて相手からカウンターを受けてしまう。

つまりは、サイドバックの攻撃参加はチャンスとピンチが背中合わせの諸刃の剣でもあり、
そこを解決できない事には片道切符の玉砕戦法になってしまうわけです。


サイドバックで攻撃に厚みを加えた上で如何に相手のカウンターを防ぐか


それがボールを持って攻撃したいチームにとっての課題となるわけですが、
その課題に対して近年新たなアイデアをもたらしたのがペップことジュゼップ・グアルディオラです。

サイドバックの攻撃参加により背後のスペースを衝かれて相手のカウンターとなってしまうのであれば
カウンターを未然に防止してボールを自陣まで運ばせずに敵陣に閉じ込めてしまえばよい。

ボールが常に相手陣内にあれば自陣ゴールを脅かされる危険性がないのだから、
自陣ゴール前でなく相手ゴールに近いところで守備をする。

そのためにはディフェンスラインを上げて、敵陣で予め整然とした配置に就いて
失った直後からプレスをかけて相手を囲める状況を作っておく。

そうして自陣ゴール前で待ち受けるのでなく相手陣内で潰す守備をするようになると、
サイドバックは縦方向への動き、走力と持久力を求められた時代から
異なる役割と能力を求められるようになります。

グアルディオラが最初に率いたバルセロナでは
メッシという絶対的な質的優位を持つ選手が中央に存在した事から、
メッシを自由にするために右サイドのウイングを中に寄せて
空いたウイングのポジションに右サイドバックのダニエウ・アウヴェスを上げると
逆サイドバックのアドリアーノには中に絞らせアンカーの横に並ばせて攻守の両立を図った。

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その後指揮したバイエルンでは質的優位がサイドのロッベンとリベリーにあった事から
片方だけでなく両サイドバック共にアンカーの横に並べて
中盤中央に数的優位を作り出して攻守の両立を図り、
ロッベンとリベリーが外から中に入ってきたら
渋滞しないよう中央に絞っていたサイドバックは外側に出る。

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攻守の課題を解決するこのペップのアイデアにより
ほぼ縦方向の上下動に限られていたサイドバックの動きは
サイドの低い位置(サイドバック)→アンカーの横(セントラルMF)→サイドの高い位置(ウイング)と変わり
自身の背後にボールが送られる前に未然に潰す守備へと変化したわけです。

ペップが示したアイデアは伝播し、現在ではバイエルンだけでなく
ドイツのブンデスリーガでプレーする多くのサイドバックがこの動きを取り入れるようになり、
ハンブルクの酒井高徳も日本代表において意識的に実践しているように思います。


両立に駆られたドルトムント

話を戻しますと、ドルトムントもまたボールを持って試合を進める以上は
攻撃に厚みを加えた上で相手からのカウンターを防ぎたく相手陣内にボールを閉じ込めたい、
そこは同じだと思います。

昨シーズン前期には、香川の鮮やかなダイアゴナルパスから
フリーになっている右サイドバックのギンターに通し 中央に折り返されたボールをオバメヤンが押し込む、
世間から「ファンタスティック4」とまで言われ絶賛された華麗な攻撃陣のゴールパターンですが、
その派手なゴールシーンの反面ではギンターの背後に空くスペースからボールを運ばれて失点もしており、
トゥヘルとしては昨シーズン後期そこにメスを入れたかったはずです。

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昨シーズンのドルトムントの質的優位がどこにあったかと言えば
オバメヤン、ロイス、ミキタリアンで構成する他を圧倒するスピードの3トップであり、
そのスピードを存分に活かすためにも相手の背後にスペースを作りたい。

それには後方でボールを動かすことで相手を手前側に釣り出して引き込みたく、
トップ下の香川の存在というのは
その3トップのスピードを活かすためのスペースを作り出す疑似餌としての役割を期待したので
高い位置でプレーする事を求められたわけです。

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その3トップのスピードを活かした上で守備の安定を図るためには
ボールを運ばせる事なく未然に潰すために中盤中央に数的優位を作り出したい。

そのためには相手の中盤中央が2人だったらトップ下の香川+セントラルMFで3人にし、
相手が3人だったらどちらか一方のサイドのサイドバックを最終ラインに残して3バック化し
もう片方のサイドバックの位置を上げる事で相手のサイドバックを牽制して
同サイドウイングのロイスをインサイドに送り込んで中盤中央に4人目を作り出す。

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このやり方自体はトゥヘル独自のものだったわけですが
理論的には左右のサイドバックでバランスを取ったという点で
バルセロナ時代のペップの手法と同じだったように思います。


ゲレイロでなくてはならないわけ

昨シーズンのドルトムントで質的優位をもたらしていた3人のうち
今オフにはミキタリアンが移籍しロイスは負傷から復帰する目途が立っていませんが、
代わりに加入したシュールレとデンベレによって
今シーズンのドルトムントには新たな質的優位がもたらされています。

その質的優位は現状ミキタリアンとロイスを凌ぐものとは言えないにしても、
特にデンベレは数シーズン後にはそこまでに育つ期待感はあると思います。

その質的優位となる箇所を攻守両面で支えることになるのが中盤中央における数的優位となりますが、
それらの事象はすべてビルドアップという土台の上に成り立っています。

前線における優位性を獲得するためにはそれぞれが整然とした配置に就かなければならず、
そのためにはスピードと意図を持った事前のパスが必要であることは
以前にも紹介したペップ本に書かれている通りです。

ところが、前節対戦したライプツィヒのように組織守備が機能しプレッシングの強度が強ければ
ドルトムントの土台となるはずのビルドアップ部分から揺らいでしまいます。

トゥヘルはライプツィヒ戦後に
「ディフェンスラインや中盤でミスが多かった。集中力を欠いていた」とコメントしているように
ドルトムントの選手に対しては更に高いレベルのプレーをイメージして要求していますが、
相手のプレッシング強度が強ければボールを動かすところに不安は出てきます。

今シーズンは繋げるセンターバックだったフメルスが移籍し、
決して足元がうまいとは言えないソクラティスと加入したばかりのバルトラでは
事前のパスのクオリティが十分でないところはあると感じますが、
その不安を取り払ってくれる存在として浮上してきたのがゲレイロなのだと思います。

ゲレイロが中盤中央からサイドバックの位置に下がってビルドアップに寄与する事で
ドルトムントは事前のパスを安定的に機能させる事ができる。

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しかし、前線の選手が後ろにまで下がってボールを捌くのであれば
インサイドを主戦場とする香川やゲッツェでも同じ仕事ができるはずですが、
決定的に異なるのは下がってもなお整然とした配置に就けているかどうかであり
言ってみればマルチロールの選手かそうでないかという違いだと思います。

ビルドアップに不安があるからといってひとりが後ろに下がってしまえば前線の枚数は減ります。

ボールを動かす選手を増やす事でボールは回るようになるかもしれませんが、
それはボールを使って相手の整った守備バランスを乱しているのではなく
ボールを動かすために自らの配置を乱している事になるわけで
結果として事前のパスで自らが整然とした配置に就くという目的を阻害してもいるわけです。

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それが昨シーズン後期にトゥヘルが香川に下がらないよう求めたもう一つの理由だと思いますが、
香川やゲッツェと違ってゲレイロの場合は本来がサイドバックの選手であるため
整然とした配置を阻害しないままにビルドアップに安定をもたらすことができます。

インサイドのゲレイロが下がったならば
ウイング(デンベレorシュールレ)がインサイドに下りる事で中盤中央での数的優位を確保し、
それに伴ってサイドバックだったシュメルツァーは更にポジショニングを上げる。

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ウイング化したシュメルツァーで相手のサイドバックを外に引っ張る事ができたならば
その背後に空くスペースをブロック間へと移動していたウイング(デンベレorシュールレ)が衝く。

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ウイングが前方へとランニングをかける事で空いたブロック間には
再びゲレイロが戻るために中盤中央での数的優位はやはり失われず、
ウイング化していたシュメルツァーもサイドバックへと戻る事で守備の安定が図れます。

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ビルドアップに寄与する低い位置、サイドの高い位置、ブロック間、と
3つのポジションを流動的に移動する選手を1つのユニット化し
循環させる事であらゆる局面で優位性を確保する。

そうして攻守を両立させるのがトゥヘル・サッカーのひとつの側面であり、
そのサッカーを実現させる存在がゲレイロであるからこそチームに与えた影響も大きかったわけです。


天敵5バックを攻略するプランB

ドルトムントのポジション循環が機能しサイドバックの背後を取って突破できれば、
中央からサイドに引っ張り出されることになる相手の守備は
ゴール前で数的優位を作る事が困難になり崩壊するのは時間の問題となります。

レギア・ワルシャワ戦、続くダルムシュタット戦と
スターティングからゲレイロを起用した事とドルトムントが大量のゴールを挙げた事は
もちろん個々の選手のパフォーマンスが良かった事もありますが全くの偶然ではなかったわけです。

但し、4−1−4−1の布陣で臨んできたレギア・ワルシャワ戦では
前半早々からゴールを重ねて計6ゴールを挙げたのに対して、
5−4−1の布陣で臨んできたダルムシュタットに対しては
ドルトムントは結果的には同じ6ゴールを挙げているものの
前半に挙げたゴールはカウンターからの1ゴールに留まっていたように
その中身を見れば同じようで同じでないことが分かります。

レギア・ワルシャワ戦では試合開始からゴールを量産したドルトムントが
ダルムシュタット戦では前半の間に先制できてはいるもののその後はなかなか追加点を挙げられなかった、
その原因はレギア・ワルシャワがザルだったからでもダルムシュタットの守備が粘り強かったからでもなく
相手の布陣に4バックと5バックの違いがあったからだと思います。

相手が4バックであれば、
サイドの高い位置の選手で相手のサイドバックを外に引きつけてその背後にスペースを作ったら
スペースランニングをかける事で中盤中央から相手の選手を排除してバイタルにスペースを生み
あっという間にチェックメイトの状態を作り上げる事ができる。

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しかし、相手が5バックとなると、仮に同じことをしたとしても
相手の1人多いセンターバックがサイドバック裏のスペースをカバーしてしまうため
バイタルからも相手が消えずに効果が上がりにくいわけです。

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アトレティコ・マドリーのように4バックの完成度が高かったりすればまた別ですが、
ペップ・モデルのポゼッションサッカーに対峙したチームの多くは
自らの攻撃の枚数を削ってでも守備の枚数を増やす決断に至っています。

シミュレーションしてみればあっという間に崩される未来が想像できてしまうからで
守備の枚数を増やすのはやむを得ない。

ダルムシュタットも攻撃を削って5バックを採用する事によって
ドルトムントに圧倒的にボールを支配される展開ながらも1失点に留めており、
失点のプロセスもポゼッションからではなくカウンターからでした。

守備が整えられている時には失点しなかったのですから、
カウンターからの失点さえなければ
ダルムシュタットにとって計算通りの試合だったと言えるのかもしれません。

しかしながら、そのカウンターでの1点のビハインドから
ゴールを取らなくてはならない状況に陥ったダルムシュタットは
後半になって今度は守備の枚数をひとり削って攻撃にかける人数を増やすために
4−4−1−1の陣形へと変更を施しています。

5バックから4バックへと変更されることで
最終ラインのところでのセンターバックによるカバーリングが機能しなければ、
レギア・ワルシャワと同じ結末となることが不可避だった事は
後半のドルトムントの5ゴールからも理解できると思います。

おそらくドルトムントがカウンターから先制していなければ
ダルムシュタットはアウェイだったこともあり後半も5バックを継続して
最悪スコアレスドローで試合を終える選択肢もあったはずですが、
失点してしまった事でその選択が取れなくなった。

ダルムシュタットにそうした選択肢を取らせなかったのは
ドルトムントがボールを持って攻撃しながらも守備を両立させて相手のカウンターの芽を摘んでいた事と
ボール保持からゴールが取れなくともカウンターからゴールを奪えた事があり、
今もなおユルゲン・クロップの遺産がドルトムントの助けになっていると感じます。


気になるドルトムントと香川真司の今後

ゲレイロがフィットし始めて機能性の増したドルトムントを止めようとしたら
相手にとってかなり厄介な作業になると感じます。

ドルトムントと対峙するチームの指揮官は
自らのチームの攻撃の枚数を削ってでも守備の枚数を増やさざるを得ない。

これまでペップ・バイエルンと対峙したチームがそうであったように
トゥヘル・ドルトムントと対峙したチームもまたそうした決断に迫られるように思います。

逆にドルトムントからすると、主力が移籍しチームの再編が求められていた中で
新戦力が予定通りか予想より早かったのかそれとも想像以上だったのかは分かりませんが
フィットしたことで王者バイエルンの迎撃も期待できる状態になってきたと言えるのではないでしょうか。

主力の抜けたドルトムントが対立軸として存在できるポテンシャルがあることを示した事は
開幕して間もない今の時点で既に1強が濃厚だったブンデスリーガのタイトルレースを
興味深いものにしてくれると思います。

日本人としてはそこに香川真司が食い込めるのかが気になるところではありますが、
現状は日本代表招集からのコンディション不良により出遅れて
その間にゲレイロに出し抜けを食らった感は否めず、
左のインサイドハーフのゲレイロとは逆の右のインサイドハーフを
カストロ、ゲッツェと三つ巴で争うような状況になっているようにも感じます。

香川にカストロにゲッツェと、これまで主力級だった選手達を控えに回すほどに
マルチロールのゲレイロのパフォーマンスは衝撃的だったと言えます。

但し、過密日程の中シーズン通して選手を絶えず固定して起用する事はできないので、
セントラルMFタイプのカストロそしてローデを起用する試合もあるでしょうし、
中盤の底が1枚から2枚となれば香川とゲッツェを抱えている事から
トップ下のポジションを採用する機会も出てくるだろうと思います。

必ず巡ってくるであろう機会を活かすことができるかどうかが香川には問われるところで
出場できるようにトレーニングをし出場機会を得たらその成果を出す事は
過去においても現在においても変わりはないと思います。

ただ、新戦力の強烈なパフォーマンスによって
競争が熾烈でよりシビアなものになったことは間違いないのではないでしょうか。






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posted by ピーター・ジョソソン at 15:24 | Comment(2) | TrackBack(0) | ドイツ ブンデスリーガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
非常に面白い記事でした!
これからもトゥヘルドルトムント追っていってください
Posted by カギャワ at 2016年11月08日 16:04
カギャワさん 
コメントありがとうございます。励みになります。
代表戦を挟んでからにはなりますが次はバイエルンとの大一番ですので
また記事にできればと思っています。
書く上でのモチベーションを上げるためにも
香川真司とDAZNには何とかしていただきたいというのが切なる願いです。
Posted by 管理人 at 2016年11月08日 18:07
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